龍神の雨(道尾秀介)感想

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書籍情報

           
タイトル龍神の雨
著者道尾 秀介
出版社新潮社
発売日2012年02月
商品説明添木田蓮と楓は事故で母を失い、継父と三人で暮らしている。溝田辰也と圭介の兄弟は、母に続いて父を亡くし、継母とささやかな生活を送る。蓮は継父の殺害計画を立てた。あの男は、妹を酷い目に合わせたから。--そして、死は訪れた。降り続く雨が、四人の運命を浸してゆく。彼らのもとに暖かな光が射す日は到来するのか? あなたの胸に永劫に刻まれるミステリ。大藪春彦賞受賞作。
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目次

感想(少しネタバレあり)

実を言うと、代表作『向日葵の咲かない夏』を読んだとき、面白さよりも気持ち悪さが上回ってしまい、以来道尾秀介の作品には悪いイメージが付いてしまっていた。

一度定着した印象というものは悪いものほど中々拭い去る事ができず、結局「向日葵の咲かない夏」を読んでから著者の他作を手に取るまで早数年経ってしまった訳である。

しかし本作に込められたメッセージもあって、これまで代表作しか手にとっていないのにも関わらず「この人の作品は自分に合わない」と勝手に憶測していたことを少し反省することとなった。

「龍神の雨」は純粋に面白いし、テーマもしっかりしている作品だったからだ。

道尾秀介は、この作品のテーマとして運命を、モチーフとして龍を用いている。巻末の解説によれば、インタビューでこう答えているそうだ。

運命というのは、誰もその姿を実際に見たことはなく、巨大で荒々しい。それが龍というものによく似ていると気づいたとき、龍をモチーフに使おうと考えたんです。

人が創り出した想像上の生き物である龍と、人の運命が似ていると。独特な考えかも知れないが、本作を読み終えた後、この一文を読むと「なるほどなあ」と納得してしまう。

なぜなら、この作品に登場する人物の運命を大きく左右したのは他でもない龍であるからだ。正確に言えば、登場人物の悪い想像と憶測なのだが。何故、龍と想像が結びつくのかはここから述べていこうと思う。

この作品の登場人物たちの家庭は、それぞれ問題を抱えており家庭環境はかなり劣悪な状態であると言える。その原因が根拠に乏しい悪い妄想であり、妄想が更に事態の悪化を加速させたのが本作の物語である。

本作では幾度となく登場人物が現実には存在しないはずの龍を目にするシーンがある。龍が悪い想像、憶測のメタファーになっているのだ。龍には善と悪、二種類あるという。そしてこの作品の結末ははっきりと二つに分かれるのだ。母親と上手く行かなかった兄弟は、作中の事件をきっかけに距離が近くなった。

反してもう一つの家庭は、父親の死により保護者がいなくなったことで更なる苦境が待っている。龍に善悪があるのと同じように、事件に関わった二つの家庭は明暗分かれることとなってしまったのだ。

保護者がいなくなった家庭は、もともと若い兄が生活を支えていたようなものであるから、経済的なダメージはさほど大きくは無いのかもしれない。それどころか唯一の保護者である父親は殆ど家から出ること無く、時には兄妹に対し暴力を振っていたのだから、いなくなった方が良いのかも知れない。実際に兄妹もそう思っていたし、暴力意外にも色々酷いことをされたと思っていたのだ。

しかし、それが周囲の状況からの誤った憶測だとしたら。兄妹は自分たちの罪に打ちひしがれることとなるだろう。想像が「本当の父親の姿」を打ち消し、悪い父親を作り出してしまったのだ。真相を知り、自分たちの罪を打ち明けようとする所で物語は終わっているが、兄妹のもとに善い龍の声が届くことはあるのだろうか。兄妹が物事を良い方向に、前向きに、考えることができるようになるだろうか。

私が初めに「少し反省している」といったのは、たった一作品を読んだだけで道尾秀介の印象を決めつけ批判的になっていたからだ。自分自身の想像だけで、道尾秀介の作品に悪いイメージを持ち敬遠していたのは、作中に登場する兄妹、父親の努力や悲しみを一時の暴力で「なかったこと」にしてしまった兄妹と同じではないか。

もちろんミステリとしての面白さもある。(私が「ちょっと…」と思った代表作「向日葵の咲かない夏」にしても読者を騙すトリックに置いては文句の付けようがないではあったが)今作で面白いと感じたのは登場人物の憶測をそのままトリックとして活用しているところだ。

ミステリにおいて、格段珍しいことでは無いが、作品のテーマもあって印象が良かった。なんだか普段より長々と書くことになってしまったが、「龍神の雨」は手にとって損はない作品だ。そのうち「向日葵の咲かない夏」も読み返してみようと思う。

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やまぐろ
システムエンジニア
SESで業務アプリケーション開発、エンドユーザ向け機能などの開発に携わっている文系(経営学)卒エンジニア。
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たまにエンジニアっぽい記事を書いたりすることも。
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